大地の恵み、料理人の視点

【大地の恵み】メルケンを知る:チリの燻製唐辛子と先住民の物語、料理人の視点

Tags: メルケン, チリ, スパイス, 燻製, マプチェ族

【大地の恵み】メルケンを知る:チリの燻製唐辛子と先住民の物語、料理人の視点

食卓に新しい発見を求める皆様へ、今回は遠く南米、チリの大地から生まれた、個性豊かなスパイスをご紹介いたします。その名は「メルケン」。燻製された唐辛子をベースにしたこのスパイスは、単なる辛味だけでなく、奥深い風味とそこに息づく物語を食卓にもたらしてくれます。この記事では、メルケンの魅力とその背景、そして料理に活かすヒントを料理人の視点からお伝えいたします。

メルケンとは

メルケン(Merkén)は、主にチリ南部、ラ・アラウカニア州を中心とした地域で伝統的に作られているスパイスです。パタゴニアの先住民であるマプチェ族が古くから使用してきました。

見た目は赤褐色の粗挽きスパイスで、主な原料は「カバジャ」と呼ばれる地元の唐辛子(Capsicum annuum var. longum)を乾燥・燻製させたものと、塩、そしてコリアンダーの種子です。唐辛子の種類によっては、辛さのレベルは様々ですが、一般的には中程度の辛さで、最大の特徴はそのスモーキーな香りにあります。単なる辛味調味料としてではなく、風味豊かなシーズニングとして用いられる点が、他の多くの唐辛子スパイスとは一線を画します。

大地の物語:マプチェ族の知恵と伝統

メルケンの物語は、チリ南部の広大な自然と、そこに根差してきたマプチェ族の歴史と深く結びついています。カバジャ唐辛子は、彼らの生活にとって欠かせない農産物であり、収穫された唐辛子を保存するために燻製にするという知恵からメルケンは生まれました。

伝統的な製法では、収穫した唐辛子をfogon(フォゴン)と呼ばれる家庭の中央にある暖炉の上でじっくりと燻製します。この過程で唐辛子は水分を失い、独特のスモーキーな香りを纏います。その後、乾燥させた唐辛子を石臼などで粗挽きにし、塩や煎ったコリアンダーの種子を加えて完成します。この手間暇かけた工程は、単なる食品加工ではなく、大地の恵みへの感謝と、家族やコミュニティの絆を確認する儀式のような側面も持っています。

近代化により手軽なスパイスが増える中でも、メルケンはマプチェ族の文化やアイデンティティを示す重要な要素として、今なお彼らの食生活に息づいています。そして、その独特の風味が世界的に評価され始めています。

料理人の視点:メルケンの可能性を広げる

メルケンの魅力は、そのスモーキーな香りと唐辛子の程よい辛味、そしてコリアンダーの複雑な香りが織りなす絶妙なバランスにあります。このユニークな風味は、料理に深みと個性を加える素晴らしい力を持っています。単に辛さを加えるのではなく、「香りを乗せる」「味わいをレイヤーする」といった感覚で使うことができます。

家庭料理に取り入れる際、最も手軽なのは、仕上げに少量振りかける方法です。例えば、肉や魚のグリル、ローストチキン、野菜炒めなどに最後の一振りをするだけで、香ばしい燻製の風味とピリッとした辛味が食欲をそそります。アボカドディップ(ワカモレ)に混ぜ込むと、単調になりがちな味わいに奥行きが生まれます。

また、加熱することで香りがさらに引き立ちます。オリーブオイルと一緒に弱火で熱し、そのオイルを料理に使うのも良いでしょう。レンズ豆や豆を使ったスープ、ポタージュの風味付けに加えれば、素朴な味わいに温かみのある複雑さが加わります。ドレッシングやマリネ液に少量加えることで、素材の味を引き立てつつ、独特のアクセントを与えることができます。パスタソース、特にトマトベースやクリームベースのソースに隠し味として少量加えるのもおすすめです。

料理人の視点からは、メルケンのスモーキーさと辛味を活かし、甘みや酸味、旨味とのコントラストを楽しむ使い方も探求できます。例えば、ローストした甘い根菜に合わせたり、酸味のあるビネグレットに加えたり、熟成チーズや卵料理の風味付けに使うなど、その可能性は多岐にわたります。ぜひ、ご自身のキッチンで様々な組み合わせを試してみてください。

メルケンを購入するには

メルケンは、まだ日本の一般的なスーパーマーケットで広く取り扱われている食材ではありません。しかし、世界各国の食材を扱うオンラインストアや、こだわりのスパイス専門店などで見つけることができます。

オンラインで購入する際は、「メルケン スパイス」「Merkén」といったキーワードで検索してみてください。チリからの輸入品を取り扱う店舗や、南米食材の専門店が見つかることが多いです。品質は販売元によって異なる可能性があるため、信頼できそうな店舗や、商品説明が丁寧なものを選ぶことをおすすめいたします。また、一度開封した後は湿気を避け、密閉容器に入れて冷暗所で保存することで、風味を長持ちさせることができます。

食卓に南米の風を

チリのメルケンは、遥かアンデス山脈と太平洋に挟まれた大地で育まれた唐辛子と、マプチェ族の長い歴史と知恵が詰まったスパイスです。その独特の燻製香と程よい辛味は、普段の料理に新しい発見と奥行きをもたらしてくれるでしょう。

ぜひ一度、メルケンを手にとって、その香りを深く感じてみてください。そして、チリの大地に想いを馳せながら、食卓に南米の風を加えてみてはいかがでしょうか。きっと、新しい料理の世界が広がるはずです。