【大地の恵み】バカリャウを知る:ポルトガルの伝統と海の恵み、料理人の視点
ポルトガルの「国民食」、バカリャウとの出会い
食卓に新たな発見をもたらすローカル食材の世界へようこそ。「大地の恵み、料理人の視点」では、世界各地で育まれた特別な食材とその物語、そして料理における可能性を探求しています。今回は、遠く離れたイベリア半島、ポルトガルが誇る伝統的な食材に焦点を当てます。それは「バカリャウ」、干しだらのことです。
乾燥して塩漬けにされたその姿からは想像もつかないほど、バカリャウはポルトガル人の生活、文化、そして料理に深く根ざしています。単なる魚の加工品ではなく、大航海時代の歴史を背負い、家庭の愛情と共に食卓に並ぶ特別な存在です。この記事では、このユニークな食材の魅力、知られざる物語、そしてご家庭で楽しむための具体的な活用法や購入方法を、料理人の視点を交えながらご紹介いたします。ぜひ、バカリャウがあなたの食卓に新しい風を吹き込むきっかけとなれば幸いです。
硬質な姿に秘められた旨味:バカリャウとは
バカリャウ(Bacalhau)とは、主にタラを塩漬けにしてから乾燥させた保存食です。ポルトガルでは「国民の友」とも称されるほど広く親しまれています。私たちが普段目にする生や冷凍のタラとは全く異なる、非常に硬く、強い塩気を帯びた姿をしています。
主な原料となるのは、タイセイヨウタラ(Gadus morhua)です。しかし、このタラが漁獲されるのは、ポルトガルのはるか北、北大西洋の冷たい海域、例えばノルウェーやアイスランド、カナダ沖などです。獲れたタラは船上で直ちに塩漬けされ、その後陸地で乾燥工程を経てバカリャウとなります。この塩漬けと乾燥の工程を経ることで、魚の水分が抜けて旨味と栄養が凝縮され、長期保存が可能になります。
バカリャウの最大の「素晴らしさ」は、この加工によって生まれる独特の風味と、再水和(塩抜きと戻し)によって引き出される繊維質の豊かな食感にあります。生や冷凍のタラにはない、凝縮された海の旨味と、噛むほどにほぐれる身の食感は、一度体験すると忘れられないものです。
大航海時代から続く物語:ポルトガルのバカリャウ文化
バカリャウがポルトガルの食文化にこれほど深く根ざしたのは、大航海時代にまで遡る歴史があります。長期にわたる航海には、腐敗しない保存食が不可欠でした。塩漬け・乾燥されたタラは、その軽さ、保存性の高さ、そしてタンパク質が豊富であることから、船乗りの貴重な食料源となりました。
寒冷な海で獲れるタラを、温暖なポルトガルで消費するというこの独特の流通は、当時の冒険的な航海技術があってこそ成り立ったものです。ポルトガル人にとってバカリャウは、海の恵みであると同時に、国を繁栄させた大航海時代の記憶、そして厳しい旅を支えた祖先たちの知恵の象徴でもあります。
また、バカリャウは単なる食材に留まらず、家庭の絆をも象徴します。非常に塩分が高いため、調理前に数日間かけて水に浸し、塩抜きを丁寧に行う必要があります。この手間のかかる塩抜き作業は、かつては家庭の女性たちが担う重要な役割であり、家族のために時間をかけて食材を慈しむ行為でした。ポルトガルには「バカリャウのレシピは365日分ある」と言われるほど多様な調理法が存在し、それぞれの家庭や地域に代々伝わる味があります。クリスマスイブの食卓にバカリャウ料理が欠かせないなど、特別な日にも登場する、まさにポルトガルの魂が宿った食材と言えるでしょう。
料理人の視点から:バカリャウの可能性を広げる
バカリャウの魅力は、その凝縮された旨味と独特の食感にあります。料理人としてこの食材と向き合うとき、まず重要になるのは「塩抜きの加減」です。これはバカリャウ料理の成否を分ける最も重要な工程であり、食材の厚みや塩分量によって水に浸す時間や水の交換頻度を調整する必要があります。適切に塩抜きされたバカリャウは、ただ塩辛いだけでなく、タラ本来の旨味と海由来の風味が絶妙なバランスで引き出されます。
バカリャウの繊維質は、火を通すとホロホロと崩れやすく、他の食材と馴染みやすい特性があります。この特性を活かすことで、様々な料理に応用できます。
ご家庭で試せるバカリャウ活用法
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定番をアレンジ:バカリャウとポテトのグラタン ポルトガルの定番「バカリャウ・コン・ナタス」(クリームを使ったバカリャウとポテトのグラタン)は、家庭でも再現しやすい一品です。塩抜きしたバカリャウをほぐし、揚げたポテト(またはフライドポテト)、玉ねぎ、クリームソースと和えてオーブンで焼き上げます。バカリャウの旨味がクリームとポテトによく絡み合い、深い味わいが楽しめます。料理人の視点では、塩抜きの加減を少し強めにしておくと、ソースの甘みやクリーミーさと対比してバカリャウの存在感が引き立ちます。
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手軽に楽しむ:バカリャウのコロッケ 塩抜きして茹でたバカリャウとマッシュポテトを混ぜ合わせ、卵やパセリで風味を整えて揚げます。外はカリッと、中はバカリャウのホロッとした食感と旨味が詰まった一品になります。ワインのおつまみにも最適です。
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意外な組み合わせ:バカリャウと季節野菜のソテー 塩抜きしたバカリャウを軽くソテーし、旬の野菜(アスパラガス、ズッキーニ、パプリカなど)と共にオリーブオイルで炒めます。バカリャウの旨味が野菜に移り、シンプルながらも滋味深い味わいになります。仕上げにレモン汁を少々加えると、爽やかさが加わり、バカリャウの風味が引き締まります。この際、バカリャウはあまり動かしすぎず、焼き色をつけるようにすると香ばしさが増します。
バカリャウは、オリーブオイル、ニンニク、玉ねぎ、パセリ、そしてジャガイモとの相性が特に抜群です。塩抜きという一手間はありますが、その時間をかけることで、このユニークな食材が持つポテンシャルを最大限に引き出すことができます。
バカリャウはどこで手に入る?
日本では、一般的なスーパーマーケットでバカリャウを見かける機会は少ないかもしれません。しかし、近年はオンラインストアや、輸入食材を専門に扱う店舗、デパートの食品フロアなどで手に入れることが可能です。
信頼できる販売元を選ぶことが大切です。オンラインストアを利用する場合は、商品の写真だけでなく、産地や加工方法、塩分濃度などの表示を確認すると良いでしょう。また、可能であれば、購入者のレビューも参考にしてください。
バカリャウを選ぶ際は、身が厚く、均一な黄色みを帯びて乾燥しているものが良質とされます。白い斑点(塩の結晶)が多いものや、ピンクに変色しているものは避けた方が無難です。形状としては、背骨がついたままの大きなものから、骨を取り除いたフィレ状のもの、さらに調理しやすいようにカットされたものまで様々あります。初めて試す場合は、比較的塩抜きがしやすく、様々な料理に使いやすいフィレ状のものがおすすめです。
購入後は、湿気を避けて冷暗所で保存してください。適切な環境で保存すれば、かなりの期間品質を保つことができます。
食卓にポルトガルの風を
バカリャウは、単なる保存食ではなく、ポルトガルの歴史、文化、そして家庭の愛情が詰まった食材です。乾燥した硬い姿からは想像できないほど、水に戻すことでふっくらとした身が現れ、豊かな旨味を放ちます。
塩抜きという時間のかかる工程はありますが、それこそがバカリャウと向き合う大切な時間であり、料理への愛着を深める機会とも言えます。このユニークな海の恵みを、ぜひ一度ご家庭の食卓に取り入れてみてはいかがでしょうか。いつもの料理に加えることで、ポルトガルの温かい風が吹き込み、食卓に新しい発見と喜びをもたらしてくれるはずです。
未知の食材に挑戦することは、料理の可能性を広げ、日々の食卓をより豊かなものにしてくれます。バカリャウを通じて、ポルトガルの食文化の一端に触れ、その深い味わいをぜひご堪能ください。